第1回、第2回では、プロサッカー選手になるためのパスウェイの多様化、高卒or大卒Jリーガー、競技の低年齢化、プロサッカー選手で一生分稼げるのか?などを考えてきた。第3回では、現役引退、引退後のキャリアについて深掘りしていきたい。
著者プロフィール
- 阿部博一(アベ・ヒロカズ)
現在地:クアラルンプール(マレーシア)
職業:アジアサッカー連盟(AFC)Head of Operations(審判部) -
1985年生まれ、東京都出身。道都大学卒業後、V・ファーレン長崎にサッカー選手として加入し、3シーズンプレー。最終年はプロ契約を結ぶ。2010年のシーズン終了後に戦力外通告を受ける。その後、米カリフォルニア大学サンディエゴ校に進学し、国際関係学修士を取得。2014年に三菱総合研究所へ入社。スポーツ及び教育分野の調査案件に従事。2016年よりFIFA傘下で、アジアの国・地域のサッカーを統括するアジアサッカー連盟(AFC)にて勤務。英検1級、プロジェクトマネジメントの国際資格PMP(プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル)を保有。現在、国際コーチ連盟(ICF)の認定コーチ(ACC)プログラムを受講中。趣味は筋トレ。二児の父。
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誰も知らないプロサッカー選手の正確な引退年齢
「Jリーガー&引退年齢」とネット上で調べると引退年齢25歳、26歳といった情報を多く見かける。そして、おそらくこの情報を基に「多くのプロサッカー選手が大卒後3年でクビになる。」といったような情報も出てくるわけだが、自分の周りの選手達を考えた時にいまいち腑に落ちなかった。一度プロサッカー選手になり、リーグレベルに関わらず試合に出始めれば、大体30歳前後までサッカーを続けている選手が多い気がしていたのだ。
実際、2018年のプロサッカー選手の出入りを見てみると、新たにプロ契約になる選手①550名(平均年齢24.4歳)、契約満了になる選手②565名(平均年齢26.9歳)となってる。
しかし、話はここで終わらない。②565名のうち大半はチームを変えたり、リーグレベルを落としたりしながら、次のステージへ移り現役を続けていく。つまり引退していないのだ。②565名の9%弱にあたる③49名(平均年齢32.2歳)が実際に引退している。そしてこれが2018年におけるより正確な平均引退年齢だ。おそらく25‐26歳を引退年齢としている情報は、②のデータを引退年齢としている可能性が高い。
それならばJリーグ開幕以来のデータを基に、プロサッカー選手の真の引退年齢は〇〇歳だ!と言い切りたいところだが、自分の知る限りでは、Jリーグ開幕以来の平均引退年齢のパネルデータは存在しない。これはデータ収集の煩雑さが関係しているのだと思う。例えば、サッカーを辞めると一度決めた選手が、復帰してプロになるケースや、半年ブランクがあってチームが決まる選手などもいるため、本当の引退年齢を確定するのが難しいのだろう。クラブ側はそんなデータを収集する必要はないと感じているはずだし、Jリーグ側も、プロ契約更新がない選手に「現役引退しますか?」という調査を都度実施しているとは考えにくい。
一方で、引退後のプロサッカー選手のキャリアを考える上で、大体何歳ぐらいで次のキャリアを考える必要があるのか?という情報は出来るだけ正確に掴んでおきたいところだ。労働市場において年齢は重要なファクターだからだ。2018年の情報のみで判断出来ないのは重々承知の上で、セカンドキャリアの伏線としてプロサッカー選手の平均的な引退年齢は30歳前後という前提でこれからの話を進めていきたい。
引退後のパスウェイ
さて、30歳前後で競技生活を終えた元プロサッカー選手は、どのようなキャリアを歩むのか?概ね以下の図のような典型的なパスウェイが考えられるのではないか。ここでは、それぞれのパスウェイについて一度大まかに考えてみたい。そして、最も直感的かもしれないサッカー関連×現場というセカンドキャリアの選択について、もう一度よく考えませんか?という提案をしたい。
サッカー関連の仕事を選択
プロサッカー選手のキャリアを終えると、競技引退後もサッカー界でやっていくのか、それともサッカー以外の分野でチャレンジするのか?選択を迫られる。これまでプロサッカーで積み上げてきた経験値が一義的に活用可能という点では、サッカー界に残るという選択肢は合理的に思える。
サッカー関連×メディア
特に元トップ選手は、その知名度と経験値を基に、試合の解説、サッカーチャンネルでのコメンテーター、ひいてはタレント業などメディアでの機会があるだろう。ただしこのパスウェイは日本代表レベルのほんの一部の元選手にしか望めない。更に、Jリーグが開幕して30年弱も経過すると、元トップ選手の数も相当増えており、引退後にメディアの露出、コメンテーター業で稼ぐというオプションは狭き門である。一方で、リーグが拡大しているので試合解説の仕事などはそれなりに需要があり、フルタイムとはいかずにも、パートタイムで自分のキャリアのポートフォリオの一つに加えている元選手はそれなりにいる印象だ。
サッカー関連×クラブのフロント
また、サッカー界に残ると決断したならば、クラブのフロントに入るというオプションもある。選手時代の経験を活かすならば現場寄りの、スカウトなどを含む強化、テクニカルダイレクターなどのポジションは親和性があるだろう。また最近では、クラブのレジェンドをアンバサダーとして、様々なステークホルダーとのコンタクトポイントにするケースもある。勿論こちらは元トップ選手、且つ、クラブと歴史を共にしたという、一部の選手に限られるオプションだ。
クラブのフロントでも実際にリーグ、試合をまわしていく競技運営や、スポンサー獲得の営業の仕事などもあるが、これらはイベントマネジメント力、事業価値を伝えるコミュニケーション力などが重要であり、元選手時代の経験が一義的に活かせない壁に当たる可能性がある。そして結局、現場のコーチに戻っていってしまう事例は、枚挙にいとまがない。
個人的には、元選手時代の経験をフロントで一義的に活かすならば、現場オペレーションを飛び越えて、クラブ経営のマネジメントまでジャンプしてしまった方が、組織をまとめる力を発揮出来たり、選手時代に感じていた「本質を突く質の良い提案」を現場チームに伝えるという形で貢献出来る可能性が高い。しかしながら、引退後いきない経営陣に参画するには、①事業、組織をマネジメントしていくための知識と表現能力の吸収、②ビジネスの現場感を補う努力、③元選手がいきなり経営に関わる事への周りの理解が必要不可欠だ。そしてこれら3つが揃う事は、かなり稀である。
サッカー関連×現場
最後に、サッカー界に残ると選択した際、最も直感的である現場のコーチというキャリアを考えてみたい。これは自分の周りを考えてみても、かなり一般的な引退後のキャリアパスウェイだ。選手時代に培った技術、試合で戦うスキルといった現役時代の財産を一義的に活かせるメリットもあるのだろう。メディアなどでも、元選手がコーチになって活躍しているストーリーは数多く見かけるのではないか。
導入記事で述べたように。元選手がコーチ側にまわるというサイクルは、コーチ育成の観点からは非常に重要だ。そのため、現役選手に対する優遇措置もある。一方で、もしコーチという職業を「選手の延長線上にある何か」、「現役引退後に特にやりたい事がないからやる何か」という捉え方がいかに危ういか、マーケットとコーチのコンピテンシーという2つの側面から考えてみたい。ポイントをわかりやすくするために、プロサッカーチームのコーチを目指す場合に絞って話を進めていきたい。
マーケット
日本のJリーグチームで指揮を執る場合は、日本サッカー協会公認のS級ライセンスが必要になる。S級ライセンスの取得は、A級ライセンスを取得している事が前提とされており、そこから更なる選考プロセス(指導実践、面談)を経て、ようやく受講できる敷居の高いライセンスだ。更にプログラム自体は、海外研修を含む1年強の長丁場。かなりの時間と労力の投資が必要である事がわかって貰えると思う。そして、少し考えれば当たり前なのだが、S級ライセンスを取得したとしても、いきなりプロクラブの監督が出来る訳ではない。そこから年月をかけて実績を積み上げていく必要がある。そしてこの競争が激しい。
2000年の前半には100人強だったS級ライセンス取得者は、2020年度には、500人弱まで増えている。Jリーグのクラブは、J1~J3まで合わせて57チームなので、S級ライセンスを持っていても倍率は約9倍。更に、2021年シーズンのデータでは外国人監督の割合が25%(J1のみだと50%)、常に一定数の椅子は外国人監督に用意されている事を加味すると、競争はさらに苛烈になる。
ちなみに2021年シーズンのデータでは、J1リーグの監督の年棒平均は、6,725万円。日本人監督の年棒平均は、4,600万円となっている。選手と同様に、複数年契約を結んでいる監督もいるが、単年契約、シーズン途中での解雇というリスクも考えると、決して高い年棒ではないと個人的に思う。これが監督の下に仕えるコーチ、またJ2,J3の監督となると、年棒はかなり下がるのは、想像に難くない。
もちろんJクラブの監督を目指すのが、コーチ道の全てではない。Jクラブのアカデミー、街クラブなどの育成年代では、トップチームの監督とは違い、比較的長く携われる場合が多い。また、自分自身でクラブを立ち上げるというオプションもあるが、考えてみて欲しい。50人の育成年代の選手から、月謝1万円を取るとして、月50万円。そこから経費を諸々差し引き手元に残るのはいくらだろう。そもそもアカデミーなどの育成事業は、経営の観点では将来への事業投資という意味合いが大きく、そこで稼ぐのが前提にないという事は、知っておいても良いかもしれない。
コンピテンシー
名選手、必ずしも名コーチにあらずとは良く言ったものだが、その一番の理由は、「選手として求められる能力≠コーチとして求められる能力」という事実だ。実際に技をみせるなどのデモンストレーションでは元プロサッカー選手が優位性があるのは間違いないが、それはコーチという職業に必要な能力のほんの一部にすぎない。サッカーのデモンストレーションが出来る、専門的な知識があり分析が出来る、この2つを前提としても、他に以下のような能力がコーチには要求される。
これらの能力を満たす選手がどの程度いるだろう?または、これらの能力に好奇心を持てる選手はどの程度いるだろう?そう多くはないのではないか。
ここで紹介したコーチングの能力が腑に落ちなかった人も数多くいると思うが、コーチングという分野は日進月歩であり、今の国際的な潮流は「気づきへの導き(guided discovery)」だ。相手に能力が既にある事を前提とし、傾聴と質問を通じて気づきを引き出し、成長を促す。これは一般的な日本の指導者の姿とは少し異なるのではないか?指導者というトピックに関しては、次回、第4回の【スポーツキングダムと指導者の影響力】で更に深掘りしていきたい。
海外で勝負出来る日本人コーチ
最後に少し持論を展開したい。第1回でも述べたが、海外で活躍する選手の数は近年飛躍的に伸びた。一方で、海外のクラブで活躍する日本人コーチがすぐに思い浮かぶだろうか?選手に比べると少ない印象ではないだろうか。そして、日本のサッカーがもう1つ上のレベルを目指すには、身一つで海外に挑戦して、自分の居場所を切り拓けるコーチがもっと増える必要がある。明らかな課題は、英語を含むコミュニケーション能力だろう。また、制度的な問題として、日本サッカー協会のS級ライセンスは、AFCの加盟国であればどの国でもプロクラブの監督が出来るのだが、UEFAのプロコーチライセンス(UEFA Pro Diploma)との互換性はまだ担保されていない。つまりS級ライセンスを持っていてもヨーロッパのプロクラブでは指揮が執れない可能性がある。現時点で、コーチの高みを目指すのであれば、S級ライセンスよりもUEFA Pro Diplomaを目指す方が上策だと思う。
前編のまとめ
前編では、プロサッカー選手の引退年齢、そして引退後のキャリア、特にサッカー関連でキャリアを積んでいくパターンについて考えた。また、コーチという一番分かりやすい選択が、一番良い選択とは限らないという問題にも言及した。後編では、サッカー以外の仕事を選択した場合について考えていきたい。
第3回(前編)の参考記事・データ
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【サッカー選手のキャリアを通じて考えるアスリートのセカンドキャリアの核心】第3回:引退後の限定的なキャリアパス、いかがでしたか?
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