著者プロフィール

阿部博一(アベ・ヒロカズ)
現在地:クアラルンプール(マレーシア)
職業:アジアサッカー連盟(AFC)Head of Operations(審判部)
登場人物B

1985年生まれ、東京都出身。道都大学卒業後、V・ファーレン長崎にサッカー選手として加入し、3シーズンプレー。最終年はプロ契約を結ぶ。2010年のシーズン終了後に戦力外通告を受ける。その後、米カリフォルニア大学サンディエゴ校に進学し、国際関係学修士を取得。2014年に三菱総合研究所へ入社。スポーツ及び教育分野の調査案件に従事。2016年よりFIFA傘下で、アジアの国・地域のサッカーを統括するアジアサッカー連盟(AFC)にて勤務。英検1級、プロジェクトマネジメントの国際資格PMP(プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル)を保有。現在、国際コーチ連盟(ICF)の認定コーチ(ACC)プログラムを受講中。趣味は筋トレ。二児の父。
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第1回:Jリーグの拡大・選手の低年齢化が意味するセカンドキャリアの伏線【後編】

前編では、Jリーグの規模拡大による、プロサッカー選手数の増加、選手寿命の延長、プロサッカー選手になるためのパスウェイの多様化を書いた。後編では、高卒or大卒Jリーガー選手の低年齢化がセカンドキャリアに及ぼす影響について考えていきたい。

高卒or大卒Jリーガー

年代別という軸で考えると、近年では、高卒と大卒選手が同数程度プロサッカー選手になっている。2021年は、計131名、高卒71名(54%)、大卒60名(46%)がプロサッカー選手になっている。2000年台前半は、高卒選手が60%~70%を占めていたが、近年顕著な傾向として大卒選手の増加がある。

 これは前編で述べた通り、J2-3 レベルの戦力・組織体制を有する大学があり、かつ、大卒の学位という、キャリアの幅を広げてくれるオプションだからだろう。サッカー強豪大学には、明治、筑波、早稲田など、学問でも名が知れた大学が数多く含まれる。高校までのサッカー戦績が入学に優位となり、名門大学に進学する事ができ、その上、サッカーレベルもJ2-3 相当と考えれば、大学進学という選択は、正直とてもロジックに思える。

 一方で、大卒プロサッカー選手が増えるという傾向は、一部サッカー関係者が危惧する現象でもある。サッカーは、競技レベルと競争が年々高まり、選手の低年齢化が進んでいる。世界のトップレベルで活躍するには、20歳前後で頭角を現す必要がある。ちなみに、2021年のJリーグ(J1~J3)の選手の平均年齢は、25.72だ。これをピークパフォーマンス年齢と仮定するならば、大卒はプロサッカーの環境に入ってから4年でピークに達する必要がある。高卒ならば8年間の時間があり、より競争力を高められる。

 高卒でプロサッカー選手になれる人材は、プロサッカー>大学進学という選択をしてくれた方が、日本サッカーの選手の競争力は高まる。そう考えるサッカー関係者は決して少ないない。そして近年の世界のトレンド、選手に必要とされる競技力を考えるならば、この主張はかなり的を得ている。

 しかし、現状として、引退後のキャリアに対する懸念が原因で、大学進学を選択する選手が増えているならば、セカンドキャリア問題は、サッカーの現場にも深刻な影響を及ぼしていると認識しておきたい。

選手の低年齢化

議論を選手の低年齢化に戻す。上でも述べたように、サッカーの競技力、選手間の競争は年々高まっている。多くの選手が早い時期にサッカーに没頭し、選手として高い競争力を手にするために早期専門化を選択する。

 早期専門化の根拠としてよく引用されるのが、スキャモンの発育曲線だろう。これは身体の骨格・筋肉、神経系、生殖系などの成長を一般的に表したものだが、神経系発達のピークが6歳頃までに完成し、神経系を動作に変換しうる骨格・筋肉が18歳頃までに完成するとされている。そのため、サッカーに限らず高度な技術を要する競技の上達には、なるべく早い段階で特化して、スキルそしてフィジカルを鍛えていくのが有効という考え方がある。ゴールデンエイジというコンセプトもここから来ている。

 一方で、競技の早期専門化は、スポーツ障害のリスク、精神的なバーンアウト、そもそも早期専門化と将来の競技成績に因果がないなど、弊害もいろいろ指摘されている。早期専門化は、サッカーだけではなく、水泳、卓球、フィギュアスケートなどの競技でも起きており、グラスルーツ、エリートスポーツのあり方を考える1つの大きなテーマだろう。

 ここでは、上で述べた低年齢化の弊害の他に、選手の引退後のキャリアに影響を及ぼす可能性がある、歪んだマインドセット30歳新卒・高卒問題について触れたい。

 まず、歪んだマインドセットだが、早期専門化により、競技力の向上にのみ生きる事を矜持とし、勝つことのみが至上命題、というような極端な考え方が醸成されるケースだ。日本では、「スポーツ=勝ち負けを競う」という考え方が色濃く残っている。早い時期からエリートスポーツ環境で育つと、その競技という村に籠ることになり、一般的な社会から離れて暮らすことになる。これは引退後のキャリアを考えるとマイナス要因になる可能性が高い。

 そして30歳新卒・高卒問題に関してだが、【大卒or高卒Jリーガー】のところで、大卒プロサッカー選手が増加傾向にあるという話をした。一方で、過半数以上は高卒プロサッカー選手というところに一度着目してみたい。

 サッカーの競技力だけを考えるなら、高卒プロ>大卒プロが望ましいという意見を先に紹介したが、これには、個人的にも正直賛成せざる得ない。サッカーレベル云々もそうだが、サッカーだけに集中出来る環境、プロとして生きていく厳しさなど、大学よりもプロサッカークラブの方が、多くの成長機会と可能性があると思う。

 18歳高卒のプロサッカー選手が、25‐26歳でパフォーマンスのピークを迎え、そしてJ2、J3、または、日本よりサッカーレベルの低い海外など、カテゴリーを下げながら、30歳前後までプレーを続ける。これはプロサッカー選手のひとつの典型的なキャリアだが、仮に30歳で現役引退したとしよう。高卒30歳人材の誕生だ。本人のコンピテンシーはどうであれ、日本の労働市場においては、想定されていない人材プールである。

 では、大卒ならば問題ないのか?日本の雇用システムとアスリートの引退後のキャリアが、いかにミスマッチなのかは、今後の記事で深堀りするが、海外で一般的な職務能力重視のジョブ型雇用に比べて、日本の学歴と勤続年数重視のメンバーシップ型雇用では、プロサッカー選手の経験は、就業年数としてカウントされない可能性が高い。つまり、大卒選手が引退すると、労働市場では30歳新卒となる。これもまた、日本の労働市場が想定していない人材グループである。

 今の日本の雇用システムで、競技引退後の就職の事だけを考えるならば、大卒でプロサッカー選手になり25歳前後で引退すれば、第2新卒、且つ、元プロサッカー選手というユニークな経歴になり、企業側から好意的に捉えて貰える可能性が高い。ただ、プロとして勝負をしている人間にとって、そんな考え方はナンセンスだ。プロは、企業にとっての人材価値を上げるためではなく、自分が追い求める何かに全力なのだから。

 日本の労働市場では、一般の30歳の社会人>30歳新卒・高卒のプロサッカー選手という定義だが、本当にそうなのか?もし30歳新卒・高卒のプロサッカー選手がより優れる部分があるならばそれは何なのか?これらの疑問は、今後の記事でじっくりと考えていきたい。

前編&後編のまとめ

 前編では、Jリーグの拡大、そして選手数の増加、プロサッカー選手になるためのパスウェイの多様化について、後編では、高卒or大卒Jリーガー、競技の低年齢化に触れた。そこからセカンドキャリアの伏線となるいくつかの要素や、セカンドキャリア問題が選手の進路の選択肢を歪め、競技力全体に悪影響を与える可能性などについて考察した。以下に第1回で議論した内容を簡単にまとめる。

  • プロサッカー選手数の増加→セカンドキャリア問題に直面する選手数の増加
  • セカンドキャリア問題に対する危機意識→大卒Jリーガーの増加→競技力の低下?
  • 歪んだマインドセット→競技引退後の社会適応力の低下
  • 選手寿命の延長+競技の低年齢化→30歳新卒・高卒問題

 第2回では、プロサッカー選手の収入について考察し、選手が引退後のキャリア構築をどう考えれば良いのか、理解を深めていきたい。

第1回の参考記事・データ

1998年のFIFAワールドカップ日本代表

2018年のFIFAワールドカップ日本代表

2021年のJリーグ登録選手数と平均年齢

Jリーグ出身校別選手輩出数ランキング

Jリーグプロ内定・新規加入選手数推移(大学・高校・ユース)| 2001年~2021年

早期スポーツエリート教育

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