第2回:プロサッカー選手では一生分稼げない現実【前編】では、主にプロサッカー選手の定義と、日本における契約内容について考えた。後編では、プロサッカー選手が実際どの程度稼いでいるのか、2021年のJ1選手の年棒データを基に考えていきたい。
著者プロフィール
- 阿部博一(アベ・ヒロカズ)
現在地:クアラルンプール(マレーシア)
職業:アジアサッカー連盟(AFC)Head of Operations(審判部) -
1985年生まれ、東京都出身。道都大学卒業後、V・ファーレン長崎にサッカー選手として加入し、3シーズンプレー。最終年はプロ契約を結ぶ。2010年のシーズン終了後に戦力外通告を受ける。その後、米カリフォルニア大学サンディエゴ校に進学し、国際関係学修士を取得。2014年に三菱総合研究所へ入社。スポーツ及び教育分野の調査案件に従事。2016年よりFIFA傘下で、アジアの国・地域のサッカーを統括するアジアサッカー連盟(AFC)にて勤務。英検1級、プロジェクトマネジメントの国際資格PMP(プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル)を保有。現在、国際コーチ連盟(ICF)の認定コーチ(ACC)プログラムを受講中。趣味は筋トレ。二児の父。
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世界におけるJリーグの位置づけ
年棒データの分析に入る前に、前編で日本のプロC契約について触れたので、「日本のプロサッカー選手の環境はひどい!」という印象を受けた人もいるだろう。しかし世界標準で考えると、Jリーグの給与水準、財務状況はかなりまともであるという話をしたい。
世界66か国の選手会を束ねる、国際プロサッカー選手会(FIFPRO)が2021年に出したレポートでは、リーグのマーケットの大きさ・人気、財務状況、ガバナンスなどを基に、選手にとって各国リーグがどの程度魅力的か6カテゴリーに分けてランクづけしている。この中で日本は上から2番目のカテゴリーBにランクされており、アジアからは日本とオーストラリアだけがカテゴリーBにいる。
ちなみに、カテゴリーAには、欧州5大フットボールリーグ(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン)の国のみがランクインしていることを考えると、日本のJリーグはガバナンス、選手の雇用環境ともに世界でも高水準だと言える。
また、選手の給与水準を2018年度のGLOBAL SPORTS SALARIES SURVEYのデータを参考に考えても、日本の選手の平均年収は約3,400万円で世界19位。スイスやオランダなどと遜色ないレベルだ。日本のFIFAランキングは210か国中28位(2021年5月現在)なので、サッカーレベルとベンチマークしても、給与水準は比較的高いと言える。
ここでは、日本のプロサッカー環境は、選手にとって十分に魅力的なものであり、Jリーグは世界でも高く評価されているリーグというポイントを押さえておきたい。
J1選手の年棒の分析
後編の本題である、2021年のJ1選手の年棒分析に入っていきたい。2021年のJ1リーグの選手の平均年収は3,220万円だ。前編でも述べたが、これは日本の所得トップ1%以内に入る高額所得だ。一方、これをそのまま額面で考えるとかなり危険だ。その理由はイニエスタ問題にある。
イニエスタ選手の2021年の年棒は32億5000万円だ。例えば、他にC契約の基本給0円の選手がいたとしても、(イニエスタ選手の年棒+基本給0)÷2で単純に平均を求めてしまうと、平均年収が16億2500万円の選手が誕生する。外れ値が平均を歪める。これが気をつけならないポイントだ。事実、J1の平均年収は3,220万円だが、そこから外国人選手を除き日本人選手のみで計算すると平均年収は約2,100万円となる。
J1選手の年棒のヒストグラムを見ると、右に足が長い形になっている。この場合に、「大体試合に出ている普通のJ1選手はいくら貰えるの?」を考えるには、中央値、最頻値をみる方が適切だ。そして、中央値、最頻値は1,500万円である。
更に日本人選手の年棒を年齢別に見てみると、10代の選手の平均年収は471万円、20~25歳の選手の平均年収は1,148万円となっている。平均年収3,220万円がかなり実態のない数字に見えてこないだろうか。
プロサッカー選手で一生分稼げるか
さてここまでの分析を活かして、第2回の本題でもあるプロサッカー選手は一生分稼げるか?を考えてみたい。
労働政策研究・研修機構の2019ユースフル労働統計によると、日本の大卒で大企業に勤める男性の生涯賃金は、3億2,000万円である。だいぶ乱暴だが、プロサッカー選手をしている間に3億2,000万円稼げれば、引退後は稼がなくてもOKと仮定してみよう。もちろん税金、Jリーガーとしての生活を考慮した支出など、色々考える必要はあるが、厳密ではなく、あくまで簡単なシミュレーションという事で了承してもらいたい。
3億2,000万円をベンチマークし、大体普通のJ1選手が貰える年収1,500万円で考えてみると、生涯年収を稼ぐのに21.3年かかる計算になる。高卒Jリーガーを想定し、30歳までJ1でプレー出来たとしても12年しかプレー出来ない。生涯年収の半分強しか現役中に稼げないことになる。ちなみに、10代の選手の平均年収が471万円、20~25歳の平均年収が1,148万円であることを考えると、生涯年収の半分も稼ぐことが出来ないのが現実かもしれない。
ここから導き出される結論は2つだ。1つは、20歳の阿部君がいかに無知で世間知らずだったか。もう1つは、多くの選手が現役中に一生分稼ぐことは出来ない。つまり、セカンドキャリアの伏線として、彼らは競技引退後もなんらかのキャリアでお金を稼く必要があるという事だ。
WEリーグ
先に述べたが、Jリーグは世界的にも先進的かつ制度がしっかりしている。そのJリーグのトップリーグを考えても、多くの選手が現役中に一生分稼げないという現実がある。J2、J3、JFL、地域リーグ、その他マイナースポーツなどは、更に過酷であることは容易に想像できるはずだ。
そして、最後に今年9月に開幕予定のWEリーグについて少し話をしたい。日本の女子サッカーは世界トップレベルであり、2011 FIFA女子ワールドカップでは優勝を成し遂げている。一方で、ヨーロッパの女子プロリーグ化に後塵を拝し、近年では世界の舞台で苦戦を強いられている。そんな中の今秋のWEリーグ開幕は確かに明るいニュースであり、日本の女子サッカー発展の分水嶺になるだろう。そして、WEリーグでも、前編で述べたABC契約が採用されており、以下のように規定されている。
プロA契約選手5名以上およびプロB・C契約選手(最低年俸270万円)10名以上と契約を締結すること。
おそらく、プロA契約5名、C契約5名、残りはアマチュア選手というような選手構成のチームも出てくるだろう。WEリーグは規模的にはJ3をベンチマークに運営されていく事になっている。そしてJ3の選手が、金銭的、セカンドキャリア的にも、かなり厳しい戦いを強いられているのは、関係者周知の事実である。
女子アスリートのキャリアは男子アスリートと比べてより複雑だ。妊娠・出産・育児などもそうだが、競技力向上の他に、女性アスリートの三主徴と呼ばれる、利用可能エネルギー不足、月経障害、骨粗鬆症とも日々戦っていかなければならない。そして引退後は、第1回で述べた30歳新卒・高卒問題にも直面するだろう。
こいつはまた何て夢のないことを言っているんだ…と思うかもしれないが、まさにその夢こそがポイントだ。周りから夢のないWEリーグだと思われると、プロサッカー選手を目指すタレントプールが縮小し、それが競技力の低下につながる。プロサッカー選手になりたいという選手の夢を搾取するビジネスモデルに未来はない。セカンドキャリアという大きな課題は、WEリーグ、各クラブ、所属選手が9月の開幕と共に真剣に考えていくべきトピックだろう。
前編&後編のまとめ
前編では、プロサッカー選手の定義、JリーグのABC契約について、後編では、世界におけるJリーグの立ち位置、J1選手の年棒の分析をした。以下に第2回で議論した内容を簡単にまとめる。
- プロサッカー選手の定義:あるようでない。稼げる、稼げない選手のバラつきが大きい。
- J1選手の年棒:多くのプロサッカー選手が一生分は稼げない、次のキャリアが必要。
- WEリーグ:手を打たなければ確実に起こるセカンドキャリア問題。
第2回では現役中にいくら稼げるか?が話の中心だったが、第3回では、選手の引退後のキャリアについて、引退後の選手がどんな職業についているのか?何が課題なのか、更に話を進めていきたい。
第2回の参考記事・データ
・Regulations on the Status and Transfer of Players January 2021 Edition (FIFA)
・プロサッカー選手の契約、登録および移籍に関する規則(日本サッカー協会)
・Shaping Our Future Report 2021 (FIFPRO)
・GLOBAL SPORTS SALARIES SURVEY 2018 (Sporting Intelligence)
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